アプリ開発におけるエッジAI組み込みの課題を解決
品質・スピードを落とさずに伴走型で実装へ
京セラ株式会社 様
課題と効果
課題
- iOSでのエッジAI組み込みの開発ノウハウがなかった
- アプリ開発での課題に対応できるベンダーがいなかった
- エッジAIを搭載したアプリのApp Storeへの登録も大きなハードル
→
効果
- iOSアプリでのエッジAIによるリアルタイム推論を実現
- 調査から開発まで一貫して任せられた
- App Store登録のハードルも伴走しながら解決
開発目的と基礎研究
開発の経緯
「昼食後は眠くなって仕事に集中できない」「午後の作業効率がどうしても低下してしまう」といった悩みは、多くの人が共通して持っているのではないだろうか。調べてみると日本人の睡眠時間は世界で最も短く、これによって業務中の作業効率が4割低下するという報告もある。午後の作業効率を高めるためには、昼に30分以内の仮眠をとる「パワーナップ」を行うことが効果的だともいわれており、そのための環境を整備する企業も増えてきた。しかし仮眠をとっても「気持ちよく起きられない」と感じている人も少なくないようだ。
この問題を解決するため2025年3月に京セラ株式会社(以下 京セラ)が発表したのが、仮眠起床AIシステム『sNAPout®』である。これは睡眠の深さを、イヤホン型デバイスに内蔵したレーザー・ドップラー血流センサーと、スマートフォンで稼働するAIを組み合わせることで把握し、最適なタイミングでの起床を可能にするというもの。これによって爽快なパワーナップを実現できるのだ。
アプリ開発の課題とその解決方法
Androidとは大きく異なるiOSアプリ開発
sNAPoutのシステム開発にあたり、 まず2019年に筑波大学と共同でセンサーの基礎研究を開始。これは2022年まで行われた。2023年にはビジネス化の検討もスタート。アンケート調査やインタビューを重ねながら、ビジネス領域を模索していった。またその間にデバイスの試作機とAndroidアプリも作成し、2023年9月には試作機でのトライアルにも着手。ユーザーからのフィードバックを反映した改良が進められていった。
このシステムを企画・開発する、京セラ みなとみらいリサーチセンター 研究開発本部 社会実装開発センター 社会実装開発部 プロジェクト1課責任者の渡邉 孝浩 氏は、「このアプリは、血流センサーからのデータをBluetooth Classic経由で取得し、そのデータ群を画像化した上、端末内のAIに読み込ませて睡眠段階を判定するというものです。判定後も過去数分のデータを参考にしながら補正をかけることで、精度を高めています。開発言語はPythonを採用しており、Python向けのサードパーティライブラリーも使用しています」と語る。
Androidアプリでの実用化に向けた道筋が見えてきたところで、スマートフォンとUSB接続する前提の2次試作機を対象としたiOSアプリの開発にも着手。しかしiOSでのアプリ開発について調査を行った結果、2つの問題に直面した。
- ・課題1:USB接続でのデータ受信ができないこと
- ・課題2:エッジAI処理をPythonで実装していたため、iOSアプリ上に組み込むのが困難
「この2つの問題を解決できるかどうか、複数のアプリベンダーに相談を持ちかけました」と渡邉氏。しかしその返答の多くは、消極的な内容だった。その中で唯一シーイーシーだけが、実績はない中で、技術検証をしながら実装案を模索する提案をしたという。そこで渡邉氏はiOSアプリの開発を、シーイーシーに委託することに決定。2024年4月に共同開発プロジェクトが始まるのである。
京セラ株式会社
みなとみらいリサーチセンター
研究開発本部 社会実装開発センター 社会実装開発部
プロジェクト1課責任者 渡邉 孝浩 氏
株式会社シーイーシー
コネクティッドセグメント IoTシステム事業部
DevOpsサービス部
丹澤 夏生 (今回の開発プロジェクトの進行担当)
sNAPoutの利用イメージ。スマートフォンのアプリケーションで入眠音を選ぶと、左右で周波数の異なる音がイヤホンから流れて最適な睡眠をサポートする。
課題解決策をシーイーシーが立案
ここでまず行われたのが前述の課題解決に向けた、徹底的な調査と解決策の立案である。
第1の課題の解決方法としては、シーイーシーがBLE(Bluetooth Low Energy)の利用を提案。実機テストを行った結果、問題なく動いたため、デバイスとの通信はBLEを採用することに決定する。これによってデバイスとの通信を無線化することも可能になった。
第2の課題に対しては、Pythonで実装されたAI処理をiOSアプリ上で動作させる方法を検討した。 iOSアプリで一般的に用いられるSwiftから、Python製のサードパーティライブラリーをどこまで利用できるかを検証。
実際にプログラムを作成して検証を進めた結果、一部の処理はそのままでは動作しないことが判明。そこで一部の機能を自作するとともに、他の代替ライブラリーを組み合わせて対応することとなった。
Androidと異なるライブラリーを使うとなれば、処理結果が一致するのか、同様のパフォーマンスが出るのか、という検証も行う必要がある。
「sNAPoutのアプリは10秒ごとにAIが判定を行っていますが、Androidでは端末に搭載されているCPUによって、10秒を超えることがありました。iOSでも当初は、処理時間が10秒を超えていました。この問題を解決するため、シーイーシーは別のライブラリーの利用を提案。これによって処理時間が短くなり、安定したパフォーマンスを出せるようになりました。今ではAndroidアプリよりもシーイーシーが開発を担当したiOSアプリの方が、処理速度と安定性が高くなっています」(渡邉氏)。
このような一連の取り組みの結果、iOSアプリも実現できそうだと判断。2024年5月にはiOSアプリの設計フェーズに入り、10月頃にはアプリがほぼ完成、2024年末には結合テストを完了している。
血流量センサーをイヤホン型デバイスに組み込むことにより、リアルタイムに“睡眠段階2”を判定することができ、既存のウェアラブルデバイスに比べて“睡眠段階2”の判定精度が高いという特長がある。
さらなるハードルとそれらの乗り越え方
App Store登録のハードルも短期間でクリア
しかしこれで全てのハードルを乗り越えたわけではない。作成したアプリはApple社のApp Storeに登録する必要はあるが、ここで新たな問題に直面することになる。アプリをアップロードした際に、エラーが出て拒否されてしまったのだ。
その理由は明確にはわからないものの、シーイーシーでは使っているサードパーティライブラリーに原因があるのではないかと推測。エラーメッセージを参考にしながら原因になっていそうなライブラリー機能を段階的に外し、原因だと特定できた箇所を手直ししていく、という地道な作業を進めていった。その結果、2025年1月には無事にアップロードにこぎつけている。
この後審査を受け、同月に仮アプリとしてApp Storeに登録。さらに、2025年3月の登録を目標に、本アプリのビルドが進められていく。
「この時期をターゲットにしたのは、大阪のうめきたエリアに『GRAND GREEN OSAKA』が開業することになっていたからです」と渡邉氏。その4階に最新のヘルスケアを体験できる施設があり、そこでsNAPoutも展示・体験できるようにすることを狙ったのだという。「シーイーシーはこのスケジュールも、問題なくクリアしてくれました」。
AIを組み込むことよる複雑な問題も短期間で解決
シーイーシーによるここまでのiOSアプリ開発と並行して、渡邉氏のチームはもう1つの取り組みを進めていく。それは、sNAPoutの機能を他社に提供するため、アプリに実装されているAI関連処理をライブラリー化するというものだ。しかしここで、また新たな問題が生じてしまう。それは、アプリとライブラリーで処理結果が異なる、ということだった。
渡邉氏はこの問題の解決についてもシーイーシーに相談。これを受けシーイーシーでは2025年3月に、iOSアプリ、iOSライブラリー、Androidアプリ、Androidライブラリーの4パターンで処理結果を比較した上で、原因究明を進めていった。
「先ほど説明したように、sNAPoutはAI機能を含むためかなり複雑であり、途中で誤差が生じると処理の過程で誤差が拡大し、結果の差につながっていることがわかりました。誤差が生じる原因はさまざまですが、シーイーシーはその一つひとつを着実に潰し、処理結果の差異を解消してくれました」(渡邉氏)。
さらに本アプリのリリース後、Xcodeのバージョンアップによってアプリが落ちてしまう、という事象も発生。この際にはXcodeを古いバージョンに戻してビルドすることで緊急対応した上、シーイーシーが試行錯誤しながら新バージョンへの対応を進めていった。これも1カ月以内に問題を解決している。
渡邉氏とシーイーシーのプロジェクトメンバー
写真中央: 株式会社シーイーシー コネクティッドセグメント IoTシステム事業部 DevOpsサービス部 新村 公康
写真右側: 株式会社シーイーシー 営業グループ 営業本部 自動車電機営業部 國分 一喜
シーイーシーへの評価と今後の展望
顧客と伴走しながら技術的に難しい挑戦を達成
「シーイーシーは、私たちとしっかり伴走しながら、プロジェクトを着実に前進させてくれました」と渡邉氏。シーイーシーにとっても、技術的に「チャレンジングな案件」だったはずだと語った。「まずAIを使う開発ではクラウドでAIモデルを動かすことが一般的です。しかしsNAPoutではリアルタイム性を重視しているため端末側でAIモデルを動かしています。またSwiftからPython向けライブラリーを使うのも珍しいと思います」。
しかも、今回のプロジェクトでは機密情報も多く、その内容をシーイーシー側に伝えることができなかったことも、開発の難易度を高めていたはずだと渡邉氏は振り返る。機密情報の中には処理アルゴリズムなども含まれており、これを知らされないままアプリの開発・仕上げを進めていくのは、決して簡単ではなかったはずだという。「それでもシーイーシーの技術者は、このようなチャレンジを『楽しい』といってくれました。また機密情報に深入りせず、ほどよい距離感を保ってくれたことも助かりました」。
さらに、シーイーシーが提出するドキュメントなどの成果物も、高いクオリティだと評価している。「自分自身も技術者であるため成果物を見れば力量がわかりますが、シーイーシーは非常に力量が高いと感じています」(渡邉氏)。
開発されたアプリのクオリティにも満足しているという。「シーイーシーが開発に参加してくれたことで、でき上がったアプリの品質は格段に向上しました」。
今後のビジネス化でもシーイーシーの支援に期待
京セラでは、2025年5月から、特定の顧客を対象にした有償トライアルもスタート。現在のアプリとデバイスで約半年間のトライアルを行った上で、ビジネスモデルをさらに「実現性の高いもの」へとブラッシュアップしていく計画だ。
「現在検討しているビジネスモデルは、お客様企業の従業員向けにサービスを提供するB2B2E型のモデルです。福利厚生の一環として、快適に起きられる仮眠の提供を考えています。IT系やデザイン系の企業の中には仮眠室を用意しているところも増えているため、このようなニーズは確実にあるはずです。最近では仮眠環境の提供を手掛ける事業者も登場しているので、このような企業と協業していくことも視野に入れています」(渡邉氏)。
その一方で、コンシューマーへの提供も検討されている。2025年度中にはその実現に向け、クラウドファンディングを行うことも計画しているという。
「コンシューマー向け製品に仕上げていくには、アプリ画面のさらなるブラッシュアップも必要です」と渡邉氏。シーイーシーにはデザイン部門もあると聞いているので、より洗練された画面デザインもお願いしたいと語る。「今後さらなる機能拡張を行う際にも、シーイーシーにはさまざまな形で助けていただきたいと考えています」。
お客様プロフィール
- 会社名
- 京セラ株式会社
- 設立
- 1959年
- 本社
- 京都府京都市伏見区竹田鳥羽殿町6番地
- 従業員数
- 77,136名(2025年3月31日現在)
- 事業内容
- 情報通信、自動車関連、環境、ヘルスケア、その他の製品・サービス、研究開発
1959年に京都で創業された日本の大手電子機器メーカー。創業以来「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という経営理念のもと、幅広い事業を開拓してきた。現在ではファインセラミックス技術を核に、情報通信機器、半導体関連部品、電子デバイス、環境エネルギー機器、医療機器など多岐にわたる分野で事業を展開。経営理念を実現するためのチャレンジを続けている。